真実の愛あればこそ!! 氷上のプロポーズ・・・の巻だす。(^◇^)
MyTube 【氷上のプロポーズ】人気順トップ3
AIG関連の報道が全世界を駆け巡って幾日・・・
そのAIGとは関係ない、アメリカンファミリー生命保険会社の日本支社Aflac(アフラック)の
CMで流れているこのエピソード。
まぁ、そんな話を聞いたことがあったような・・・的にしか記憶になかったのですが。(ーー;)
【氷上のプロポーズ】井上 怜奈 ・・・
1976年10月17日 兵庫県西宮市生まれのアメリカ国籍のフィギュアスケート選手である。
西宮で生まれた彼女は、実父の転勤に伴い、千葉県に転居。
喘息を発症していた幼い井上に何かスポーツを・・・そんな父親の願いもあって、
自宅近くのスケートリンクから井上のスケート人生は始まった。
井上4歳の時だった。
井上が中学3年となった1992年。
アルベールビルオリンピックにペアで出場。
入賞には及ばなかったが、当時の日本人最高位14位という成績を残した。
高校2年で出場した1994年のリレハンメルオリンピックでは、シングルで出場。
しかし、ジャンプをことごとく失敗して18位という悔しい結果に終わっている。
そして、井上が大学3年となった1998年
長野オリンピックイヤーでもあるシーズン始め・・・
井上は、当時40歳代半ばであった父を肺癌により失ってしまう。
また、フィギュア選手としても長野五輪日本代表選考争いに敗れ、大好きなスケートも
一時辞めてしまった時期もあった。
その後、再びペア選手として活動を始めた井上であったが、2000年シーズンから
練習拠点を国内からアメリカへと移した。
しかし、ペアを求めて渡米した後も井上の苦難は続く・・・
レッスン代と生活費捻出の為に土産品店でアルバイトもした。
充分な衣装代も無いため、井上自身の手作り衣装で出場した大会もある。
幸いにも抗がん剤治療をもって完治したのだが、肺がんにも罹患(リカン)してしまう。
しかし、井上はこの治療も入院することなく通院で済ませ、抗がん剤の副作用と闘いながら
アルバイトとレッスンを続けた。
そして・・・
更なるアクシデントが井上を襲う。
通院治療をしながらのレッスン中に、誤って落下した井上は頭蓋骨を骨折してしまったのだ。
それは、前歯をほとんど失い、一時は意識不明にもなる大ケガだった。
後遺症の心的外傷後ストレス(PTSD)にも悩まされることになった。
更には、片方の卵巣も破裂したことから卵巣摘出という事態も重なり、辛い闘病生活を送った。
しかし、井上は終始一貫、病気やケガなどを一切言い訳にせず、練習、そしてスケート競技に
打ち込んだ。
そんな井上を理解し、支え、そして共に競技生活を歩んできたのが、現ペアのボルドウィンである。
2007年 世界選手権を最後にアマチュア引退を発表した井上だったが、
2008年 全米選手権で復帰、見事に2位という成績を残している。
そして、同大会のフリースケーティング演技終了後・・・
【氷上のプロポーズ】
〜参考: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』〜恥ずかしながら、記事をまとめながら涙ぐんでた・・・(ToT)/
【MyTube 【氷上のプロポーズ】人気順トップ3】
・・・で、↓がMyTube における【氷上のプロポーズ】での検索結果一覧 です。
(-。-)y-゜゜゜